■ハプニングと初めて尽くしの石碑展
詩歌作品の石碑展という初の試みは、展示会場選定に始まり、天然石の素材選び、制作、展示方法に至るまで新しいことばかりでした。いくら文章や図面で説明をしても分かりづらい、この企画を理解していただくことがまず最初の課題でした。また、会場設営作業に取りかかる前夜の7月24日未明には、東北地方全域でマグニチュード6,8の地震、準備期間中は、今回も小社の屋外イベントではもはや恒例となった雷雨、豪雨などの悪天候に悩まされながらの搬入設置作業となりました。
展示スペースは屋外をメイン会場とし、屋内にも特設会場を設けました。屋外スペースには、芝生の広々とした庭園の遊歩道沿いに設置しましたが、直接地面に置くのではなく、観賞のための配慮として少しでも高く設置するため、あらかじめ木製の台を設営しました。それぞれの台に設置した石碑の足下には化粧砂利をたっぷり敷き詰め、上品な雰囲気を演出しました。晴れた日には山寺の五大堂まで見渡すことができる芭蕉記念館と石碑が織りなす景観は圧巻でした。また、屋内には異なるタイプの石碑台を設営し、化粧砂利を枯山水の趣にすることで、さらに上品な落ち着いた芸術的空間を演出することに成功しました。
■日本伝統文化を新しい世代に伝える
悪天候に見舞われた準備の日とは打って変わり、天候に恵まれた開催初日は多数の来場者があり、山寺芭蕉記念館に訪れた観光客も、植え込みの間から見える数多くの石碑の陳列に興味を持ち、立ち寄ってくださいました。会期中には、同館内の茶室にて地元の高校生による茶会が催され、撮影にも協力して頂きました。浴衣を着こなした女子高生が、石碑が並んだ石道を案内する姿は、古きよき日本の伝統文化を感じさせてくれました。
また、7月27日付け読売新聞朝刊に紹介された記事を見て来場される方々の中には、俳句や短歌を趣味とされる方が多く、じっくり読み込んだりメモをとる姿もちらほら見られました。石碑制作に関する問い合わせは数多く寄せられ、「自分の作品も石碑にしたい」、「石碑をつくるにはどうしたらいいのか?」、「貴社に頼めばつくってくれるのか?」とスタッフが質問攻めにあうことは一度や二度ではなく、その他にも、「北海道から九州までの俳人・歌人・柳人が集まっているのは壮観だ」、「館内の展示も作り込まれていて雰囲気が良かった」、「情熱的な作品が多かった」、「いい石を使っている」など評価をいただきました。
ご年配の方々に混じって、山形県と東京都の小学校の交流交歓会グループの来場もあり、子供たちの熱気とパワーで会場は活気づきました。「この書道の形、格好いい」、「書いてある内容は難しいけど、石はきれい」など、さすがに作品の内容に触れることは難しかったようですが、会場の外観やデザイン、そして、めずらしい石碑の数に好奇心とエネルギーが触発されたようです。子供たちが、石碑の間を元気よく走りまわる姿もよく見かけられました。
■ 言葉の重みや洗練度に人生経験が表れる
7月26日午後、同館研修室にてオープニングセレモニーを執り行いました。同室からは、屋内外に展示された石碑の全てを見渡すことができます。準備された100席はほぼ満席となり、途中、立ち見の来場者も見かけられました。芭蕉の衣装を着た来賓によるスピーチや小社スタッフによる和太鼓演奏など、賑やかな会となりました。以下に来賓3名様によるスピーチの要約を紹介いたします。
●アートコミュニケーション 代表取締役社長 清水 雅
日本全国には芭蕉の句碑だけで3000以上あると言われていていますが、それから考えると詩歌を刻んだ石碑は数万に上ると思われます。また公園整備の一環として石碑が設置されることも多いようなので、その数は日に日に増加しています。しかし、本日の主役は石碑ではなく現代詩歌です。その魅力をより深く味わい、伝えるということが趣旨の展覧会です。本展に選抜させていただいた方々は、人生経験を積んでおられ、若い世代が作った作品とは大きく異なり、1つ1つの言葉の重さ、完成度、洗練度などは注目に価します。
そこで、この違いをどれだけの人が理解できるかということですが、本を読まない若者が増えている現代では、とくに縦書きの書籍などは敬遠される傾向にあります。そういう若者にこのような作品が掲載された本を見せても、その魅力や違いが理解されません。しかし、私はこの違いを明らかにしたいと考えております。1つ1つの言葉の重みを噛みしめられる作品を世に送り出すべく、今後もあらゆる手段を用いて努力していきたいと思っております。いつの日か、短詩型文学作品がもっともっと評価される時代が来るように、また、その可能性にかけて、皆様にはより多くの作品を作り、残していただきたいと願っております。
● 財団法人山形市文化振興事業団理事長 大場 登 様
私も山形の人間で、言葉に関わる仕事をやってきました。ダニエル・カールという外国人タレントがいますが、彼に3年間山形弁を仕込んだのは私です。
さて、現代詩歌石碑展が3日間にわたって開催されることを心からお祝い申し上げます。私も今朝、1つ1つ拝見しました。素晴らしい、本当に素晴らしい。実は私、石碑が山寺の景観に合うのかと心配をしていたのですが、一目見てそんな不安もどこかへ飛んで行きました。やって良かった、開催できて光栄だなと、歓びが湧いてまいりました。この後も時間がございますので、是非じっくりと拝見したいと思っているところでございます。
この石碑展の目的は、俳人、歌人、書家の方々の作品を石に刻み、後世に美しい言葉、言葉の大切さを伝えるというものだそうです。まさにその狙い通りと実感しています。この山寺芭蕉記念館は平成元年に芭蕉が山寺を訪れてから300年を記念して造られた建物で、それ以来、芭蕉に関する資料、文献を収拾して、保管、展示してきました。今回、石碑展をきっかけとして新しい可能性が開けるのではないかと思っております。もっと幅広い文化の振興、発展、発信への意欲が湧いてまいりました。私どもは全国俳句大会などを開きながら文化振興を図っておりますが、これからも皆様からご指導ご鞭撻をいただきながら、進んで参りたいと思います。
より多くの人たちに、この新しい、斬新な展覧会を楽しんでいただき、成功裏に終わりますよう祈念しております。また、アートコミュニケーション社の皆様には心より敬意を表しますとともに、さらなるご発展を期待致しまして挨拶とさせていただきます。
● 全国芭蕉句碑・塚・文学碑調査会 会長 弘中 孝 様
芭蕉は今から320年前に河合曽良と共に山寺に登りました。旧暦5月27日、今の暦では7月13日でした。ちょうど320年前の今日、芭蕉は出羽三山から鶴岡のあたりにおりました。
今日こちらに参りまして、これだけ多くの方々が句碑、歌碑に興味があることを知って驚きました。私も20年前に芭蕉の句碑を訪ねて全国をまわり、写真に撮ってまとめましたが、どんどんと新しいものができていまして、私が本を出した頃は3200ぐらいで、今は3300を優に越えているようです。芭蕉の句碑は、彼の足跡があるかどうかとは全く関係ありません。北海道にもありますし、九州、種子島、五島列島にもあって、年々増えています。『奥の細道』に記された句は50あるんですが、そのうちの3つがまだその詠まれた当地に建立されておりません。1つが尾花沢で「這出よかひやが下のひきの声」、それから象潟の「汐越や鶴はぎぬれて海涼し」、そして種の浜で詠んだ「波の間や小貝にまじる萩の塵」の3つです。どなたか許可をもらって建立してみたらいかがでしょうか。
ところで、「古池や蛙飛び込む水の音」。この句碑は全国に168あります。しかし、「五月雨を集めて早し最上川」は3つだけで、こんなに有名なのになぜかと言えば、最上川は九州にはありません。つまり、句碑はその風景にマッチしたものが選ばれるわけです。桜の名所なら桜、海辺なら海、そんな風に選ばれるわけです。ちなみに、「静かさや岩に染み入るせみの声」は20ぐらいあります。みなさんも、そんなことを考えながら詠んでみたらいかがでしょうか。
今回展示されている石碑はこの近くに移動してそのまま残すというお話しですが、私も毎年辞世の句を詠んでいまして、自分の家の庭に、自分の手で彫って、石碑にして残したいと思っています。戒名も写真も作っておりますから、何が起きても間に合います。毎日詠んだ句が辞世の句、これが芭蕉の考え方です。芭蕉さんは奥の細道の150日の旅の中で山形県に一番長くいました。40日間です。よっぽど気に入ったのでしょうね。私も全国まわりましたが、旅をするには山形県が最高ですね。最上川、出羽三山いいですね。そんな山寺に現代詩歌の石碑が残るということはたいへん素晴らしいことと、喜んでおります。
■山寺に新名所、俳句の聖地が生まれた
本展会期終了後の石碑収蔵に関しては、「山寺芭蕉記念館」とそのお隣の観光施設「山寺風雅の国」のご助力なしには実現できませんでした。本展終了後、展示されていた石碑は、芭蕉記念館中庭の前の生垣と、風雅の国の高台への石階段の両脇に移設されました。石碑の下の部分を僅かに土の中に埋め込み、小砂利を敷き詰めたわけですが、自然石を切り出して制作された石碑のため、形も大きさも不揃いで、整然と並べるのは困難な作業でした。最終的には生垣内の石碑は道に沿って一直線に壮観な眺めを演出し、石階段の石碑は植物とともに自然の中にあり続ける姿を創出しました。設置前とは一変した様子に、大場理事長は、「私が出展者だったら、春夏秋冬ごとに訪れますよ」と喜ばれ、山寺風雅の国阿部代表も「草木などの手入れをした後、地元の新聞社やテレビ局に取り上げてもらおう」と満足してくださりました。これほどまで開催地に密着し、地域関係者に感謝された展覧会は初めてと言っても過言ではありません。本展は、山寺に新名所を生み、関係者一同、期待と歓びを感じずにはいられませんでした。
■最後に
土砂降りの中、重さ20kg前後の石碑を220体設置する作業は、スタッフにとってかつてない試練でしたが、本展の成功を収めることができたのは、ひとえにご出展頂きました作者の皆様のお陰であることは申し上げるまでもございません。心より感謝申し上げます。
また、ポスターなどをこころよく掲示してくださった、地元商店街のみなさま、観光タクシー、山寺後藤美術館のスタッフなどのご協力にも、この場を借りて御礼を申し上げます。
今後とも皆様方のさらなるお力添えを賜りますようお願い致しますと共に、皆様のご発展をお祈り申し上げます。
(現代詩歌石碑展実行委員会)
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